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【報告】ミニシンポジウム「前近代朝鮮における大陸外交の「型」形成―そしてファクターとしての日本―」

2024-12-17

 九州大学では、人文科学研究院・比較社会文化研究院の歴史学系教員を運営委員として毎年12月に九州史学会を開催し、その1部会として全国的にも珍しい朝鮮学部会をおいている。九州大学韓国研究センター韓国国際交流財団助成事業 〈「世界史」の中の韓国─その構造変動に関する総合的研究─〉の歴史ブランチでは、韓国前近代の国際関係の意義を新たな視点で捉え直し、これを社会に問うべく、一般教養書の刊行をめざしているが、その準備作業の一環として、標記のシンポジウムを朝鮮学部会の「特集」として共同開催した。そこでは、古代、中世、近世の各時代の事象をとりあげ、大陸王朝との関係に特徴的な「型」やパターンが生み出される様相を模式的に解説し、その背景として特に日本との関係に注目した。


韓国研究センター研究事業

「『世界史』の中の韓国―その構造変動に関する総合的研究」

歴史学ブランチ・ミニシンポジウム

「前近代朝鮮における大陸外交の「型」形成―そしてファクターとしての日本―

 

・共催:九州史学会朝鮮学部会

・日時:2024年12月15日(日)13:55~16:50

・会場:九州大学伊都キャンパス イースト1号館A118教室

・後援:韓国国際交流財団

 

【プログラム】

第1報告:京都府立大学文学部教授 井上 直樹

「二正面作戦を回避せよ─古代東アジア世界における高句麗の外交・軍事戦略─」

第2報告:九州大学人文科学研究院教授 森平 雅彦

「はじき出されず、呑み込まれず─モンゴル帝国の覇権と高麗─」

第3報告:明治大学文学部准教授 鈴木 開

「不都合な真実─朝鮮・後金関係と「交隣」の行方─」


 井上報告では、西方に大陸の諸王朝、南方に百済、新羅、倭といった競合勢力を控えた高句麗が、4世紀の広開土王以来、西方と南方で同時に緊張状態に陥ることを避ける二正面作戦回避策を採用して、繰り返し襲ってくる対外的危機を250年近く克服し続け、しかしそれが7世紀半ば、唐・新羅連合の成立によって破綻するとともに滅亡していく過程を描いた。

 森平報告では、13世紀半ばから14世紀半ばにかけて、ユーラシア大陸を席巻したモンゴル帝国に服属した高麗が、生き残りをかけて王室間の通婚、王子の皇帝親衛隊(ケシクテン)参加、国王のモンゴル高級官職(征東行省丞相)獲得など、モンゴルの体制への一体化による地位上昇を志向する一方、独自の王国体制や支配層の存立基盤が解体されて完全に吸収・一体化されるのを回避する駆け引きを展開したこと。帝国への内部化/帝国からの外部化という相反するベクトルを同時に促進する駆け引き材料として、モンゴルに対して敵性勢力であり続けた日本の「脅威」をたくみに利用したことを図式化して示した。

 鈴木報告では、冊封・朝貢関係の「典型」とみなされがちな清と朝鮮の関係が、清の前身である17世紀前半の後金の段階では成立しておらず、当初は「交隣」関係が相互の交渉を通じて構築されていったこと。その際、朝鮮側では同時代の日本や琉球との関係を参照してそれとの整合性をとりつつ仕組みを整えていったこと。そしてその「交隣」関係は、後世君臣関係を結んだ朝清両朝の立場から、またそのような君臣関係に注目する研究者の観点からは「不都合」なものだったゆえに、歴史記録や研究のなかで不可視化される傾向にあったことを論じた。

 個別発表の終了後にはフロアの聴衆と質疑応答をおこなったうえで、各報告者が朝鮮の大陸王朝との関係の捉え方について総括コメントを述べて閉会した。

 


※本シンポジウムは、韓国国際交流財団による助成を受け現在進行中の研究事業「『世界史』の中の韓国:その構造変動に関する総合的研究」の一環として開催されました。